Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 10:35:40 GMT

私はハワイ生まれのハワイ育ちです。ハワイでは雪が降りません。
私は子供の時から雪で遊んでみたいと思っていました。
ビーチに行くといつでも、砂で雪遊びのまねをして遊びました。
氷と雪は同じ感じかしらと、いつも想像していました。

小さい時、ワシントン州に行った時、一度だけ雪を見たことがあります。
遠くの山に、きれいな雪が積もっていました。
私は、いつか雪を触ってみたい、と思っていました。

そして、高校二年生の冬休みに、チャンスがめぐってきました。
家族でラスベガスに旅行をしました。
私は初めて雪に触り、雪と遊びました。スノーボードもしました。
私は雪だるまを作ってみました。でも、うまくできませんでした。
雪は、軽くてふわふわしていました。
その時、初めて雪がどんなものか知ることができました。
(JackyA)


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運命って本当?

Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 10:03:12 GMT

運命が本当にあるかどうかわかりません。しかし、私は運命を信じます。いろいろなことが起こるのは、運命的な計画によって起こるのだと、私は時々思います。多くの人は運命を信じていません。でも、私は運命を信じています。私の将来にどんな運命が待っているのか楽しみです。(JackyA)


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私の大好きな動物

Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 09:48:47 GMT

私は動物が何でも好きです。中でも特に、狼が好きです。狼は非常に力強い動物です。それに普通、狼は群れで行動します。私は犬が大好きで、自称、犬人間です。犬はもともと狼から始まっているので、私は狼が好きなのだと思います。狼は非常に攻撃的な動物ですが、可愛くてたまりません。狼の何が一番好きかというと、遠吠えです。とにかく私は大の動物好きなのです。 (JackyA)

 


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Ume

Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 09:31:10 GMT

兄の犬の名前は「Ume」といいます。「Ume」はすっぱい匂いがします。それに、皮膚にしわがあります。子犬の時に我が家にやってきて、兄の犬になりま した。兄が「Ume」という名前をつけました。兄と「Ume」はいつも一緒にいます。これからもずっと一緒にいて、良い思い出をたくさん作っていくことで しょう。 (JackyA)



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普通の車とトラック

Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 09:08:35 GMT

母と兄はそれぞれ自分の車を持っています。父の車はトラックです。
父は建設関係の仕事をしているので、仕事に必要な物をたくさん乗せています。
トラックはいろいろな物を簡単に運ぶことができて便利です。
しかし、普通の車よりガソリンをたくさん食います。
私は普通の車にもトラックにも乗ることができて幸せです。 (JackyA)

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私の家

Posted by: nacos (Admin) Fri, 27 Feb 2009 08:49:20 GMT

私達の新しい家は、3階建てです。3階は、祖父母の部屋です。
2階には、両親と兄と私の部屋があります。
1階は、人に貨します。

私達は、それぞれ好きな部屋を選びました。
私は、広くて台所に近い部屋を選びました。
兄は、少し狭いですが、眺めの良い部屋を選びました。

建物全体の色はグレーです。床(ゆか)は木です。
部屋によって、壁(かべ)の色が違います。
みんな、自分の好きな色を決めました。

私の部屋はオレンジ、兄の部屋は黄色、両親の部屋は赤です。
祖父母の部屋は、天井(てんじょう)も、壁(かべ)も、白です。 (JackyA)

 

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私が菜食主義者になったきっかけ

Posted by: nacos (Admin) Thu, 26 Feb 2009 17:04:10 GMT

22才の頃、私はロサンゼルスにあるコンピューターソフトの会社で働いていました。そこでは、毎日、12時間ぐらいコンピューターの前に座って仕事をしました。仕事は大変忙しく、それにストレスの多いものでした。

ロサンゼルスでの生活は、仕事のきつさに加えて、食生活も不健康なものでした。私は、オフィスの近くにある、メニューがハンバーガーとタコスだけの店を、毎日のように利用しました。おかげで私はだんだん太ってきました。そして、次第に健康状態も悪くなっていきました。

そんな時、菜食主義者の友人に出会いました。彼らは非常に健康的で、生き生きしていました。そんな彼らの姿を見て、「私も菜食主義者になろう」と決意したのです。これが菜食主義者になったきっかけです。 (PaulC)


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芸術への想い

Posted by: nacos (Admin) Thu, 26 Feb 2009 16:29:25 GMT

私は小さい頃から芸術に強い興味を持っています。それは、他からの影響ではなく、私自身の影響だと考えています。小さい頃、私は絵を描いたり、物語を書いたり、ピアノを習ったりしました。その中でピアノはやめてしまいました。私のピアノの先生は日本から来た日本人でしたが、自由な発想を否定する彼の教条的な指導法は、私にとって苦痛だったからです。

私にとって、自由が何よりも大切です。一方、人からの厳しい辛口の助言は、私にとって大変重要だと考えています。そういう人がいなければ、私は自由きままに、風船のように、どこかへ飛んで行ってしまいます。そんな気がします。私はこれからもずっと、芸術への情熱を持ち続けていくつもりです。 (PaulC)


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ヴァイオリンのこと

Posted by: nacos (Admin) Thu, 26 Feb 2009 15:44:06 GMT

小学生の時、私はピアノとヴァイオリンを習っていました。ヴァイオリンレッスンはグループレッスンでした。レッスン中、ヴァイオリンの先生は、時々いらいらして、「あなたたちは駄目です」と、みんなを叱りました。そんな時、私は、「いいえ、みんなじゃない。僕は違う。僕は練習をしてきた。ダメじゃない」と思っていました。しかし、言えませんでした。怖かったので言えませんでした。結局、ピアノと同様、ヴァイオリンもやめてしまいました。もし、ほめ上手の先生に習っていたら続けていたかもしれませんね。 (PaulC)


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祖父の蘭

Posted by: nacos (Admin) Thu, 26 Feb 2009 14:10:42 GMT

蘭の話です。私が子供の頃、祖父はまだ元気に動き回っていました。祖父の趣味は園芸で、植物を上手に育てる才能がありました。特に蘭の花が好きで、祖父の家には蘭の庭がありました。毎日、祖父はかかさず蘭の世話をして、見事な蘭を咲かせていました。

しかし、うまく育たなかった球根は、ごみ箱に捨てられていました。ある日、私は、偶然、ごみ箱に捨ててあった球根を見つけて拾い出しました。「これは生き返る」と直感したからです。祖父はそれを見て、「その球根はもう死んでる」と言いました。しかし、なぜか私は、その球根に愛情を感じました。そして、家に持ち帰って庭に植えました。その後、そのことは、すっかり忘れていました。

20才になったある日、母が、「あなたは小さい時、庭に蘭を植えたのよ」と言いました。私はそれを聞いて、突然、その時の記憶がよみがえりました。私は庭に出ました。蘭の花が大きくふくらんでいるのを見つけました。蘭の花は、庭の片隅で咲き乱れていました。さらに、カブ分かれをして、数か所で咲いていました。一度捨てられた球根は、命を吹き返していたのです。私の家の庭で、祖父の蘭は今も育ち続けています。 (PaulC)

 

My Grandfather’s Orchids (Ran)

 

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