カピオラニコミュニティーカレッジのこと

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 21:37:40 GMT

 コンパドレスレストランで1年間働いていた間、ハワイ州税と連邦税を支払いましたので、ハワイ州の居住者になることができました。それで。私は大学に通えることになりました。もし、ハワイ州居住者でなければ、例えば、日本語のクラスでは、968ドルプラス140ドルの本代が必要です。でも、居住者は180ドル、プラス本代。これは一年間のトータルにすると、大きな違いが出てきます。

 私はパートタイムの学生として二年間通っています。これまでに単位を30取りました。これらは基礎のクラスです。四年制の大学に入るまで、あと36の単位を取らなければなりません。ハワイ大学を卒業するには124単位を取る必要があります。現在、数学の勉強をしています。私はビジネスを専攻していますので、数学は大変重要な部分です。大学でのゴールは、ダブル専攻です。国際ビジネスと日本語です。私の平均成績はBです。まずまずの成績を維持しています。(DavidP)



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仕事探し

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 21:30:59 GMT

 ハワイで生活を始めるにあたって、一番に直面する問題は、いい職を得るということです。ハワイに移り住んでから、私もジェームスも、いい仕事を見つけるために、いろいろ苦労しました。

 ジェームズは、ワードセンターにあるスポーツ店、「パウダーエッジ」というお店で仕事を見つけました。彼は今もそこで働いています。キャンプやハイキングなど、彼の趣味にかかわる仕事なので大変気に入っています。ちなみに、ジェームズは、ライアンにもその店を紹介し、ライアンもそこで働いています。

 私は、ワードセンターにある、「コンパドレス」というレストランで働いています。ウェイターとマネージャーをしています。この店では、スペイン語が話せること、勤務時間が自由に決められこと、また結構、収入が良かったので選びました。(DavidP)

 

 

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私の住んでいるところ

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 07:28:36 GMT

ホノルルに住んでいます。大きさは、1ベッドルームです。それはパンチボールという丘の上にあります。アラモアナビーチから自転車で10分のところです。家賃は、575ドルです。ルームメイトと分担して支払っています。一日のほとんどは外出していますので、まだ家は必要ありません。しかし将来は、自分の住まいを持ちたいと考えています。出来れば家がいいと思います。(DavidP)



「ほんま、
 ええとこ、すんでるんやね」


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ルームメイトとの生活

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 06:49:31 GMT

 私のルームメイトは、ライアン デイビッド ホームズと言います。彼は、私の故郷、ワシントン州の出身で、中学校の同級生です。彼とルームメイト になってから一年になります。彼がハワイに来た時、私には、別のルームメイトがいました。ジェームズ エラーで す。ライアンがやって来てからしばらく、三人で住むことになりました。 一人あたりの家賃は安くなりましたが、窮屈な生活でした。こんな生活が、三ヵ月間続きました。

 その後、ジェームスがインターンシップでハワイ島コナに行くことになり、この生活は終わりました。それはよかったのですが、彼は荷物を全部、ア パートに置いたままコナに行ってしまったのです。その間、彼は家賃を払いませんでした。彼がいつ戻って来るのか解らなかったので、私はフラストレーション がたまりました。しかし、三ヵ月後にガールフレンドを連れて戻ってきました。そして、彼女と一緒に荷物全部を持ってアパートを出て行ってくれました。私達 はほっとしました。

 最近、ライアンは、ワシン トンの大学に戻ることを考えだしました。もしそうなったら、一人で家賃を払わなければならないので、少し心配でした。しかし、彼は、ハワイの大学に行くことになりそうなので、まずは、一安心です。(DavidP)

 

「ほんま、ついてますわ。
    ありがたいことですわ。」


               

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もうかりまっか?

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 06:41:25 GMT

 大阪に住んでいた時、大阪の家族と住んでいましたので、私は関西弁を話すようになりました。それは私にとってごく自然なことになって、毎日新しい 言葉を学びました。私は過去2年間は東京弁を勉強しましたので丁寧な応答も知っていましたが、私が関西弁を話すと笑われるのでした。他の人達もみんな、私が関西弁を話すと笑いました。

 約一ヵ月経つと私はかなりうまくなって、滞在していた家族の仕事場をうろつくようになりました。彼らは千里丘でクリーニング屋さんを経営していました。私はお店のカウンターに座って、時々、お父さんと英語と日本語でおしゃべりをしていました。

 しかし、彼は、お客さんがお店に入ってきて洗濯物を出していくたびに笑うのでした。青い目と白い肌に金髪の頭の私はそこに静かに座っていました。お客さんたちは私に対してどう対応していいのかわからないようでした。

 そこでいつも、「もうかりまっか?」 と言って、その場の雰囲気をなごやかにしたのです。すると彼らは、「ぼちぼちでんな!!」 と答えて、私達はみんないっしょに笑い始めました。そこで私は「なんでやねん」 と言うと、みんなびっくりした顔で私を見て、そしてまた、みんな大笑いするのでした。(DavidP)


「もうかりまっか」
「まぁ、ぼちぼちでんな」


 

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日本の平和な弾丸(新幹線)

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 03:34:50 GMT

時速240キロ以上のスピードで地上を旅すると同時に、まわりの景色も眺めることが出来る、私はそんな旅を思い出しています。こんなに高速なのに、 それは非常に静かでかつ、平和な旅でした。私はありとあらゆるものを吸収していました。通り過ぎる新しい町や村の全てを見る為に、私はじっと窓の外を眺め 続けていました。

私は大阪から東京に向かっていました。これは、私がハワイで友人になった人を訪ねる為に、大阪での授業の合間をぬっての週末旅行でした。 彼は、もし私が日本に来ることがあれば、東京に会いに来るようにと言ったのでした。私は彼の申し出を受けました。私は、東京行きに、ワクワクしていまし た。私は一度も東京に行ったことがありませんし、そんな巨大都市での生活はどんなものなのか、いつも興味がありました。この週末がどんなものになるだろう という思いが、心の中を何度も駆け巡っていました。

私が気付く前に新幹線は停車し、そして、そこは東京でした。3時間もかからないうちに東京に着いていた のです。それは私にとって驚くべきことでした。私は飛行機から降りる時の気分よりも、新幹線から降りていく方が、はるかにいい気分でした。友人は指定した 場所で待っていてくれました。そして、東京での冒険に満ちた素晴しい週末を過ごしたのです。(DavidP)




  

      

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えっ! 彼女?

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 03:14:25 GMT

私が、レストランで日本語を話し始めた頃、たびたび間違った言葉使いをして失敗しました。例えば、ある時、私のテーブルに、日本人のお客様がいらっしゃったので、「お勘定いたしましょうか?」 と日本語で言えば、かっこいいだろうなと思いました。

そこで、私は、「彼女、いかがですか?」 と言いました。すると彼らは、変な顔で私を見て、「ええっ、何?」 と言いました。「彼女、いかがですか?」 と、私は、もう一度、尋ねました。彼らは本当に困惑してしまって、私はだんだん恥ずかしくなってきました。それで私は、" Would you like the check." とだけ言うことにしました。

「おお、チェック!」と彼らは言いました。「お勘定のことですか。あなたは、彼女が欲しいですか、と聞いていたんですよ!」と説明してくれました。私の顔は赤くなり、一緒に笑ってしまいました。(DavidP)



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次なる冒険ーーハワイへの引越し

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 03:07:48 GMT

 チャンスがめぐってきました。友達がホノルルに住んでいました。その友達のルームメイトが引っ越してしまうので、新しいルームメイトを探しているということでした。その時は、その友達にスペインから帰ってきたばかりで、お金がないと返事をしました。

  しかし、そんな時、いくつかいいことがおこりました。知り合いから電話がかかってきて、もし、ハワイに行きたかったら、ハワイへの飛行機のチケッ トが余っているということでした。「もちろん、そのチケットでハワイに行きたい」と答えました。あとは家賃の問題だけになりました。幸にもその時、夏に建 設会社で働いていた時の税金が戻ってきました。ハワイでのしばらくの生活、それから最初の月の家賃には十分な金額でした。

 というわけで、今ハワイにいます。ハワイに来て、約9ヵ月になります。そして、日本語を習う機会が巡ってきました。お金をためて、家の近くの学校 に通うことにしました。家の目の前に日本語の学校があったのは、本当に偶然です。自分が必要だと思うものは必ず自分の周りに存在している。人生はおもしろ いなと思います。ハワイで日本語を習う環境が自分の周りにあふれているというのは人生の巡り合わせだと思っています。そして、ハワイでの生活、そして日本 語の勉強の次に、私がどこに行くかは、まだ全くの未定というわけです。(DavidP)

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ゴミ捨て場からスペインへ飛び出した!

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 03:04:05 GMT

 私は高校を卒業すると建設会社で働き始めました。私達の州の新しいゴミ捨て場を作り始めたのです。それは大変骨の折れる仕事で、普通、少なくとも 一日12時間は働きました。時給26ドル50セント支払われましたので不平はありませんでした。毎週土曜日の仕事では1.5倍の金額が支払われましたの で、時給は約40ドルになりました。

 18才にはものすごい稼ぎだったのです。友達は、私がどうやってその仕事についたのかとか、稼いだお金をどうしているかなどど尋ねるのでした。私 は稼いだお金をいくらか使っていました。新品の衣装だんすやとてつもなく大きなステレオ装置を購入しましたが、それでもまだたくさんのお金が入ってきまし た。当時、私は82年型トヨタのトラックを運転していました。そしてトヨタトラックの新車を購入すればカッコイイだろうな、などと考えていました。私は給 料のお金を浪費するのを止めることにし、銀行に貯金し始めました。間もなくすると5000ドルを超えるお金がたまったので、トラックを物色し始めました。

 しかし、そこで私の気が変わったのです。「もう新しいおもちゃはいらない」と決心したのです。私が本当に必要としていたものは旅に出て、この世界について新しいことを学ぶことでした。それはスペインに飛び出る決心をした時だったのです!!!(DavidP)


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高校卒業後

Posted by: nacos (Admin) Wed, 18 Mar 2009 02:20:30 GMT

高校を卒業して、建設会社の仕事に就きました。時給は26ドル50セントで、高校を卒 業してすぐにそんな仕事に就けたのはかなり幸運だったと思います。建設会社で、その夏はずっと働きました。とても良かったです。その仕事のおかげで、スペ インに行くための費用をためることができました。その仕事が終わったので、会社を辞めました。ワシントンを出て、スペインに一人で行くことにしました。ス ペインでは、スペイン語がまったく分からなかったので、スペイン語の勉強を始めました。3ヵ月後、色々な経験、そしてフラストレーションの末、スペイン語 がかなり話せるようになりました。しかし、お金がほとんどなくなってしまったので、ワシントンに帰ることになりました。ワシントンで、2、3週間を過ご し、次の冒険、ハワイに行くことにしました。(DavidP)


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