Dr.Yoko Kelley ネブラスカ便り 53

Posted by: YokoMKelley Sun, 15 Jul 2007 23:36:44 GMT

 徳川慶喜将軍の贈り物

 オマハ市のDurham Western Heritage Museumという長い名前のミュージアムは、かってユニオンステーションと呼ばれた駅でした。鉄道運輸華やかりし頃は, 日に64本の列車と1万人の乗客が行き来していました。アートデコの建物の内部はホテルのロビーにも劣らぬ贅を尽くしたもので、こんなに立派な待合室ならば一晩過ごしても構わないと思わせます。客車運転が停止した1971年にこの建物はオマハ市の寄付され、5年後の1976年にオマハ市の歴史を伝えるミュージアムとして再出発しました。Durhamはこの再建に力を尽くしたオマハ市民の名前です。

 年間を通して種々の展示会がもたれていますが、目下、19世紀末から20世紀初頭にかけての西部をえがいた絵が展示されています。、その多くは他所ではまず見る機会はないとのことですので行ってきました。どの絵も時間をかけて描かれた写実画で、その当時の西部をしのばせます。

 たまたま コルト銃で知られたサムエル コルトの業績も同時に展示されていました。銃には興味がないので、さっと見て回っていたところ、ガラスの陳列棚に黒と金の漆器が飾ってあるのに眼が留まりました。 説明文によると、1854年にペリー提督が横浜に上陸した際、徳川慶喜将軍に送った数々のアメリカの工業品の中にコルトの連発式銃も含まれていたとのことです。徳川将軍からペリー提督に託された贈り物のなかの2振りの刀、2丁の銃(matchlock)ならびに漆器が、コルト氏の元で保存されていた というわけです。 黒船来航から大政奉還にいたるこの時代といえば、「幕末 大混乱」といった印象しか持っていませんでしたので、こういった贈り物の交換がなされていたり、日本工芸の真髄ともいえる漆器が贈答品としてアメリカに渡っていたとは、まったく意外な気がしました。


 
 
 
 
(ハワイパシフィックプレス連載)

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 48

Posted by: YokoMKelley Sat, 17 Feb 2007 07:22:35 GMT

 ジョスリン美術館の名は、10年前にネブラスカに移ってまもなく耳にしましたが、所在地のオマハからは車で約2時間離れたノーフォークに住んでいた為、ゆっくり美術館で過ごす機会はあまりありませんでした。昨年(2006年)、オマハに移りましたので、時間を気にせずに展示品を楽しめるようになりました。

美術館はミズーリー川を遥かに見渡す坂の上に位置し、アートデコ風の薄ピンク色の総大理石造り。1928に着工、3年の歳月と3百万ドルの費用をかけて1931に開設に至ったのですが、この美術館はジョスリンという個人がオマハの市民へ贈ったものです。

George Joslyn(1848-1916)氏は中小都市の新聞社に、内外の大都市のニュースを前もって印刷した新聞紙を供給する事業で財を築きました。美術館はその後も民間の寄付で美術品の所有を増やし、児童ならびに成人に美術教育の場を提供しています。


(ハワイパシフィックプレス連載) 

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Dr. Yoko Kelley のネブラスカ便り 31

Posted by: YokoMKelley Fri, 16 Sep 2005 00:30:15 GMT

 
ニジンスキー、アンナ・パブロバといえば、20世紀の初頭世界を風靡した天才バレヱダンサー。彼らは、これまた有名な演劇の泰斗セルゲイ・ ディアギレフの率いるロシアバレエ団 (The Ballets Russes) の主役として、フランスのパリで数々のバレエを上演しました。古代ギリシャ、ペルシャ、エジプトの神話や伝説にもとずく異国情緒にあふれた舞台は、その斬新さで注目されたのですが、踊り手にくらべると、舞台装飾にたずさわった人については、あまり知られていません。

この6月から9月にかけて、ネブラスカ州のオマハのジョスリン美術館で The World of Art (MirIskusstva) と題したロシア芸術の展覧会が開催されました。19世紀末から20世紀初頭の比較的短期間に、ロシアで起こった新しい芸術運動を紹介したものです。

ディアギレフはその推進役であり、バレエは美術、舞踊 音楽の結集した総合芸術であることを世界に示しましたが、その実現には、ニジンスキー、パブロバ等の踊り手は勿論のこと、振り付け師のホーキン、バクスト (Bakst)や、べノイ(Benois)をはじめとする舞台芸術家、ドビッシー、シュトラウス、ラベル、さらには、ストラビンスキーらの作曲家の才能が 一堂に会してはじめて可能であったことを、ロシア国外ではおそらく今回初めて詳しく公開したものといえます。この展覧会はオマハの他は、ミネアポリスとプリンストンの2ヶ所だけでしか開催されないのは、いささか残念です。 (2005年9月15日)



(ハワイパシフィックプレス連載)

 

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